聖マリア・マザレロのプロフィール
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教会で、神さまについての勉強は、
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男の子にも負けないで、
神さまについての知恵を学びました。
ぶどう畑で力いっぱい働くマリア
お父さんは言う。
「もう少しゆっくりしておくれ。雇い人が来なくなる」
マリア・マザレロは不思議に思う。
「なぜ、持っている力を全部意出してはいけないの?」
愛の殉教者に
平和なモルネーゼ村をチフスが襲う。
勇気をもって、病に倒れた親戚一家の看病にあたる。
ついにマリアも感染!「愛の殉教者になりたい!」
「この少女たちを あなたにまかせます」
回復したが、もう畑仕事はできない。
神さまのお望みは?
散歩中、ボルゴアルトの丘の道で、
「この少女たちをあなたに任せます」
白い建物と広い庭に、たくさんの少女が遊んでいる幻と
心にひびく声を聞く。
一針一針は神さまを愛するために
「裁縫ならできるでしょう」
仕立て屋に通い、村の少女たちに教え始める。
「一針一針は神さまを愛するために」
日常性の聖性の道を歩き始める。
ドン・ボスコは聖人です
ドン・ボスコが少年たちを連れて、村を訪れる。
マリアは仲間と一緒に、
少年たちの宿泊と食事の世話をしながら、
夕方、ドン・ボスコのことばに聞き入る。
人をかき分けて前に進み出る。
そして、言う。「あの方は聖人です!」
サレジアン・シスターズ誕生!
ドン・ボスコは、サレジオ会と同じ精神で
少女たちの教育をする女子修道会を創立する。
1872年、マリア・マザレロをリーダーに
若いグループは神に身を捧げる。
扶助者聖マリアの娘、サレジアン・シスターズとして。
予防教育法(ドン・ボスコの教育法)
ドン・ボスコの予防教育法;慈愛、道理、宗教に基づいて
少女たちの健全な育成を目指す。
宣教女派遣
創立後わずか5年して、海を越えて、南アメリカに
第1回宣教女6名を送り、その後引き続き世界各地へ
日本には1929年末に、チマッチ神父様の招きで来日
聖女マリア・ドメニカ・マザレロ
マリア・マザレロは、1881年5月14日、
聖母マリアに迎えられ、天のおん父のもとに帰る。
1951年6月24日、教皇ピオ12世により、その聖性が認められ
聖人の位にあげられる。